この記事でわかること
- ACPとは何か(定義・背景)
- なぜ今、ACPが必要なのか(データで見る現状)
- 薬剤師の視点から見たACPへの関わり方
- ACPを始める具体的なステップとツール
はじめに:あなたは「自分がどんな最期を迎えたいか」を、家族に伝えていますか?

突然ですが、こんな状況を想像してみてください。
あなたが事故や病気で意識を失い、自分では話せなくなったとします。その際、人工呼吸器をつけるかどうか、胃に管を通して栄養を入れるかどうかといった重大な判断を、家族や医療チームが「あなたの意思がわからないまま」決めなければならなくなります。
このような状況は、決して他人事ではありません。
そのような事態に備えるのが、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)です。
ACPは高齢者だけのものではありません。事故や急病は年齢を問わず起こりうるため、健康な成人であっても一度は考えておく価値があります。
ACPとは何か
ACP(Advance Care Planning)とは、将来のもしもの時に備え、自分が大切にしたいことや望む医療・ケアについて、家族や医療・介護関係者と繰り返し話し合い共有するプロセスです。
厚生労働省は2018年に「人生会議」という愛称をACPに付け、普及促進を図っています(出典:厚生労働省「人生会議」普及・啓発について、2018年)。
ACPで話し合う内容には、主に以下が含まれます。
- 自分の価値観・人生観・死生観
- どこで最期を迎えたいか(自宅・病院・施設など)
- どのような医療処置を望むか、または望まないか(延命治療、心肺蘇生など)
- 自分が意思表示できないときに代わりに決めてほしい人(代理意思決定者)は誰か
よくある誤解:「遺言書」や「事前指示書」とは違う
ACPはあくまで「話し合いのプロセス」であり、一度書いたら終わりの書類ではありません。状況や気持ちの変化に合わせて繰り返し対話することが本質です。
なぜ今、ACPが必要なのか:数字で見る日本の現状

自宅での死を望む人は多いが、現実の環境はそうなっていない
最新の令和4年度(2022年)調査では「病気で治る見込みがなくおよそ1年以内に死に至ると考えた場合に最期をどこで迎えたいか」という質問への一般国民の回答で、自宅は 43.8%(最多は「医療機関」51.7%)とのことです。
しかし実際には、2022年の死亡場所のうち自宅は17.4%にとどまっており(厚生労働省「人口動態統計」2022年)、希望と現実の間に大きなギャップが存在します。
このギャップが生まれる大きな原因の一つが、「本人の意思が事前に共有されていない」ことです。
死亡前に意思決定能力を失うケースは多い?
米国の研究では、死亡前に意思決定能力を失う患者の割合は約30%に達するという報告があります(出典:Silveira MJ, et al. New England Journal of Medicine. 2010;362(13):1211-1218)。この結果を日本人にそのまま当てはめることには限界がありますが、意思決定能力を失う可能性が0ではないことを真摯に受け止める必要があります。
実際に筆者もご本人が意思決定できる状態ではなくなった状況を何度も目の当たりにしてきました。
ACPを経験した患者・家族は満足度が高い
ACPを実施した患者・家族は、そうでない場合と比較して、終末期ケアへの満足度が高く、家族の精神的苦痛が少ないことが複数の研究で示されています(出典:Detering KM, et al. BMJ. 2010;340:c1345)。
薬剤師だからこそ気づける、ACPのきっかけ

ここからは、薬剤師の目線でお伝えします。
薬局は患者さんが医療機関の中で最も気軽に立ち寄れる場所のひとつです。長年の患者さんとの対話の中で、私たち薬剤師はしばしばACPに関係する「サイン」を目にすることがあります。
よくある「ACPを考えるきっかけ」のサイン
薬の種類・数が増えてきた
複数の慢性疾患を抱える患者さん(多疾患併存:複数の病気を同時に抱えている状態)は、病状が複雑になりやすく、将来の療養について話し合っておく必要性が高まります。
認知症やフレイルの薬が処方された
認知機能の低下が進むと、本人が意思を表明できる時間的な窓が狭まります。できるだけ早い段階での対話が重要です。
「もし自分が動けなくなったら」という言葉
薬局での何気ない会話の中で、こうした言葉が出てきたとき、それはACPを始めるサインかもしれません。
在宅療養への移行や緩和ケアの開始
このようなタイミングは患者さんの価値観や療養場所について話し合うきっかけとして重要です。
薬剤師は処方薬の説明だけでなく、こうした気づきを医師・ケアマネジャー・ソーシャルワーカーにつなぐ役割も担っています。「最近薬が増えて不安で……」といった些細なご相談からでも構いません。どうぞお気軽にお声がけください。
ACPを始める具体的なステップ

ACPは「特別なこと」ではなく、家族との普通の対話から始められます。
ステップ1:自分の気持ちを整理する
まずは一人で、あるいは信頼できる人と一緒に、以下のことを考えてみましょう。
- 自分らしく生きるとはどういうことか
- 絶対に避けたいことは何か
- 大切にしていることは何か
ステップ2:代理意思決定者を決める
自分が判断できなくなったとき、代わりに意思表示してくれる人(代理意思決定者)を決めておきます。法的な権限を持つ「成年後見人」とは異なり、ACPで選ぶ代理意思決定者は法的代理人を意味するものではありません。本人の価値観や希望を理解し、医療チームとの話し合いに参加できる信頼できる人を選ぶことが重要です。
ステップ3:話し合う相手を増やす
家族だけでなく、かかりつけ医・薬剤師・ケアマネジャーにも自分の意向を伝えておくと、いざというときに医療チームが連携しやすくなります。
ステップ4:記録に残す(必要に応じて)
厚生労働省が提供する「わたしの手帳(マイ・エンディングノート)」や、各自治体・医療機関が作成するACPシートを活用することができます。ただし、書類よりも対話のプロセスの方が本質的に重要です。
ACPに関する公的なリソース
| リソース | 提供主体 | 内容 |
| 人生会議ポータル | 厚生労働省 | ACPの基礎知識 |
| わたしの手帳 | 自治体 | エンディングノート |
| ACPガイドライン | 日本緩和医療学会 | 医療者向け資料 |
(各リソースは最新情報を各機関の公式サイトでご確認ください)
まとめ:ACPは「死の準備」ではなく「自分らしく生きるための準備」

ACPと聞くと、「縁起でもない」「まだ早い」と感じる方も多いかもしれません。しかし、ACPは死を語ることではなく、自分が大切にしていることを、生きているうちに伝えることです。
それは結果的に、家族を迷わせずに済み、自分の意思が尊重される最期につながります。
薬局にお越しの際、「ACPについて聞いてみたい」と思ったら、ぜひ薬剤師に声をかけてみてください。私たちはその入口に立てる存在でありたいと考えています。まずは「今日の晩ごはん何にする?」といった日常会話の延長で、「もしもの時の話なんだけど……」と、大切な人と少しずつ話し始めてみませんか?
参考文献・出典
- 厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査報告書」(2018年)
- 厚生労働省「令和4年(2022年)人口動態統計」
- 厚生労働省「人生会議」普及・啓発について(2018年)
- Silveira MJ, Kim SY, Langa KM. “Advance directives and outcomes of surrogate decision making before death.” N Engl J Med. 2010;362(13):1211-1218. DOI:10.1056/NEJMsa0907901
- Detering KM, Hancock AD, Reade MC, Silvester W. “The impact of advance care planning on end of life care in elderly patients: randomised controlled trial.” BMJ. 2010;340:c1345. DOI:10.1136/bmj.c1345
免責事項:本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の医療・法律的アドバイスを提供するものではありません。具体的な判断については、かかりつけ医・薬剤師・弁護士等の専門家にご相談ください。

